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『あだ名で読む中世史』

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名前から「家門」が生まれるまで

「禿頭王」「赤髭王」「獅子心王」。
中世ヨーロッパの歴史には、思わず由来を知りたくなるような王侯たちのあだ名が数多く登場します。
『あだ名で読む中世史』は、そんな奇妙で面白い呼び名を入口としながら、次第に「なぜ人には名前が必要なのか」「なぜ同じ名前が繰り返し使われるのか」という問題へ踏み込んでいく書です。
読み進めていくと、やがて姓の成立や貴族の家門意識にまで広がります。
あだ名についての本を読んでいたはずが、いつの間にか中世ヨーロッパにおける「家門」の形成を考えている。
その意外な展開こそ、本書の大きな魅力です。
著者の岡地稔氏は、南山大学の教授で中世初期ヨーロッパ史を専門としており、あることをきっかけにあだ名研究を始めました。
その蓄積が本書には積み重なっています。

書誌情報

・タイトル:『あだ名で読む中世史』
・著者:岡地稔
・出版社:八坂書房
・発売日:2018/1/25
・ページ数:368頁

目次

ごくごく短い序章 ヨーロッパ中世の人びとの名前をめぐる疑問
第1章 ヨーロッパ中世はあだ名の宝庫
第2章 「カール・マルテル」の謎
    ―「あだ名文化」の諸相(一)
第3章 ピピンはいつから短躯王と呼ばれたか
    ―「あだ名文化」の諸相(二)
第4章 姓の誕生―ヨーロッパの「家名」をさかのぼる
第5章 中世の命名方法とその背後にあるもの
    ―「あだ名文化」の背景を探る(一)
第6章 中世貴族の家門意識はいかにして形成されたか
    ―「あだ名文化」の背景を探る(二)
第7章 混迷の「ユーグ・カペー」
    ―「あだ名文化」の諸相(三)
あとがき 

感想

あだ名を社会の仕組みとして捉え直す

本書でまず興味深いのは、「あだ名」を人物の個性を示す面白い逸話としてではなく、中世社会における個人識別の仕組みとして捉えている点です。
現代では姓と名の組み合わせによって、多くの場合は人を特定できます。
しかし中世には現在のような姓がまだ十分に定着しておらず、しかも王侯貴族の間では同じ名前が繰り返し用いられました。
あだ名はそうした社会の不便を補うものであり、本書は一見些細な呼称の問題から、当時の社会構造へと視野を広げていきます。

名前の継承から「家門」の形成を見る

さらに重要なのは、本書が命名の問題を「家門意識」の形成へと結びつけていることです。
同じ名前を子や孫へ受け継ぐ行為は、単なる慣習ではなく、祖先とのつながりや一族としての連続性を示す意味を持つようになります。
つまり名前は、個人を識別する記号であると同時に、「自分たちは何者なのか」を示す装置でもあったのです。
現在では当然のように考えている「○○家」というまとまりも、歴史のなかで徐々に形作られてきたものだと分かります。

小さな問いから中世社会を組み替えて見る

本書の優れているところは、あだ名という親しみやすい題材を使いながら、それを単なる雑学で終わらせない点にあります。
名前、姓、親族、家門という問題をたどることで、制度史や政治史からでは見えにくい中世社会の一面が浮かび上がります。
一方で、タイトルから想像するほど軽い読み物ではなく、史料や命名慣行についての考察には相応の密度があり、実際本書中の多くの頁は史料分析に割かれています。
しかし、その密度こそが本書の価値でしょう。
身近な「名前」を疑うことから、私たちが当然視している家や個人のあり方まで問い直す。
その射程の広さに、本書の人文書としての面白さがあると感じました。

おすすめの人

・中世ヨーロッパの王侯貴族や家系に興味がある人
・名前・姓・あだ名の歴史を知りたい人
・史料をたどる歴史学の考え方を楽しみたい人

あと一冊

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ポイント

『あだ名で読む中世史』で見えてきた家門意識や王権の変化を、さらに大きな歴史の流れで捉え直したいなら本書へ。ユーグ・カペーの即位から、フランク世界が「フランス」へと形を変えていく過程を本格的にたどれます。

  • この記事を書いた人

yutoya

書肆北極点店主。本を紹介する人。本が好きです。一冊読んだら十冊読みたくなる、本がつながっていく感じが好きです。

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