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『新版〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン』

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書誌情報

・タイトル:『新版〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン』
・著者:岡奈津子
・出版社:白水社
・発売日:2024/2/29
・ページ数:258頁

目次

プロローグ 〈賄賂〉を見る眼
第1章 中央アジアの新興国
第2章 市場経済化がもたらしたもの
第3章 治安組織と司法の腐敗
第4章 商売と〈袖の下〉
第5章 入学も成績もカネしだい
第6章 ヒポクラテスが泣いている
エピローグ 格差と腐敗
註記
あとがき
解説 岡奈津子さんと『〈賄賂〉のある暮らし』のこと(宇山智彦)
初出一覧

感想

私は今まで生きてきた中で賄賂を贈ったことはないです。

もらったこともありません(もらう程の立場になったことがないのですが)。

とはいえ、賄賂に関するニュースをみる機会わがあるのも事実で、日本にも確かに存在しているのでしょう。

それでも日本の日常生活ではなかなかそういった場面には出くわさないですよね。

しかし、本書によれば世界には賄賂が日常生活に深く入り込んでいる国があるというから穏やかではありません。

本書で紹介されるその国は、カザフスタン。

カザフスタンは中央アジアの広大な内陸国で、首都はアスタナ、多民族国家でカザフ語とロシア語が使われます。

石油・ガス・ウランなど資源が豊富で、旧ソ連から独立後は経済発展と国家形成を進めてきました。

本書はこの国で「コネとカネ」どのように暮らしに浸透しているかを丁寧に描きます。

著者の調査によれば、とにかく何をするにも仲介者や責任者を探し、賄賂や謝礼を渡さなくてはなりません。

賄賂の横行する範囲たるや凄まじく、警察・検察・裁判所・徴兵・税務・医療・行政・住宅・学校・大学と、生活のほぼ全域に渡っているそうです。

なぜこれほどに賄賂が生活の中に根付いてしまったのでしょうか?

本書によればその背景には、旧ソ連時代から続く「コネ」を基盤とした非公式ネットワークの存在、移行期に制度が不整備だったこと、公的サービスが慢性的に不足していたことがあるとされます。

公式制度が十分に機能しない中で、人々は「確実さ」や「早さ」を求め、謝礼や仲介者を通じて問題を解決する慣行を発展させました、

こうして賄賂は暮らしの「実用的手段」として定着したのです。

本書では著者がフィールドワークによって得た膨大な例が紹介され、その実態はすさまじいものがあります。

一方で、賄賂を贈ることに実質的なメリットが見出されている面もあるといいます。

賄賂があるからこそ様々な「非公式サービス」が得られたり、時間がかかる手続きを短縮できたりするため、人々から見れば一種の合理性すらあるのです。

また、相手に個人的な「借り」を作らないためにカネを払って済ませるという側面もあるようです。

こうした仕組みはある意味、「うまく機能している」ように見えます。

とはいえ、このようなシステムは最終的にうまくいくのだろうか?と、私は考えてしまいます。

本書を読んでいてしみじみ思うのが、「腐敗は国を滅ぼす」という言葉です。

何かにつけ、「相場を調べ、仲介者を探し、その都度謝礼を払う」というのは大きな負担であると思われ、その非効率は国力を低下させ、国民を疲弊させるでしょう。

実際本書では、「このシステムのなかで暮らすのは便利だが、ときおり、本当に嫌になる」という言葉が紹介されています。

ただし、本書巻末の宇山智彦氏の解説では、カザフスタン政府の腐敗対策が一定の成果をあげていることや、国際的な腐敗度に関する評価は必ずしも低くないこと、何よりカザフスタンの人々全員が腐敗に関わっているわけではないことが示されており、単純なステレオタイプを避ける視点が与えられます。

賄賂が比較的少ない日本からすると驚くことばかりでしたが、同様の文化を持つ国は世界に少なくなく、カザフスタンだけを特別視することもできません。

本書は賄賂のある暮らしを一方的な悪だとは言えないことを示している点で刺激的な本となっています。

それは「異国の奇妙な文化」と片付けるのではなく、制度と生活の結びつき、社会の複雑さを理解する視点を与えてくれる良書だと感じました。

読者の「賄賂」に対する感覚を大きく揺さぶる本書で、カザフスタンの賄賂のある暮らしを味わってみてください。

おすすめの人

・賄賂がある社会に興味のある方、あるいは政府の支配が弱まった国で起こることに興味のある方
・カザフスタンに興味のある方
・行政など公的機関に関わる方

あと一冊

ポイント

本書とは時代も違えば、国も違う、全く違う賄賂の本です。こちらではそもそもなぜ賄賂が悪いことだとされたかの起源が語られます。贈与と賄賂の違いという問題がこの時代から根深い問題だったことがわかります。

  • この記事を書いた人

yutoya

書肆北極点店主。本を紹介する人。本が好きです。一冊読んだら十冊読みたくなる、本がつながっていく感じも好きです。

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