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『地名はどのように決まるのか 国連による「地名の標準化」と日本の課題』

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書誌情報

・タイトル:『地名はどのように決まるのか 国連による「地名の標準化」と日本の課題』
・著者:春山成子、田邉裕(編)
・出版社:古今書院
・発売日:2025/9/26
・ページ数:255頁

目次

まえがき(田邊 裕)
第1章 地名はどのように議論されてきたのか(春山成子)
第2章 国連における地名標準化に向けた取り組み経緯と今後の方向(村上広史)
第3章 国連の考える地名標準化とはなにか(二村太郎)
コラム1 南極の地名(三浦英樹)
第4章 国連が求める地名標準化機関とは何か(山田育穂)
コラム2 少数民族を抱えるカナダ地名委員会(田邉 裕)
第5章 海底地形名の命名・統一に関する国内外の取り組み(八島邦夫)
コラム3 地名等の統一に関する連絡協議会(八島邦夫)
第6章 世界遺産と地名(鈴木地平)
コラム4 フランスの地名委員会の守備範囲(田邉 裕)
第7章 国際社会における日本の地名(田邉 裕)
コラム5 中国地名委員会の提言(田邉 裕)
第8章 日本の地方自治体での地名議論― 地名改変時の問題を解決するために ―(戸所 隆)
第9章 歴史地理と地名(上杉和央)
コラム6 多様な地名研究から(春山成子)
第10章 先住民族の地名 ― アイヌ語地名を事例として ―(小野有五)
第11章 学校教育の中での地名課題― 「地名の暗記」から「地名の意味」を学ぶ教育へ ―(三橋浩志)
第12章 まとめにかえて ― 地名委員会を考える ―(岡本耕平)
あとがき 春山成子

感想

本書のタイトルはとても興味深いです。

言われるまで考えたこともありませんでしたが、確かに誰がどうやって決めているのか、不思議ではあります。

そもそも地名というのは当たり前に存在しているもので、普段はあまり意識しませんよね。

しかし、本書は地名の政治的・文化的・歴史的な重要性を教えてくれます。

例えばアメリカでは最近、大統領によって「メキシコ湾」から「アメリカ湾」、「デナリ」から「マッキンリー」への変更が行われ、その妥当性が問われるなど極めて政治的な問題でした。

またカンボジアとタイでは国境に近い世界遺産を巡って軍の小競り合いが起きました。

こちらも双方で遺産の名称が違い、それぞれが自国の文化遺産と主張しています。

また日本でも、日本海の名称が、韓国の主張する「東海」という名称によって揺らいでいます。 

このように地名の問題というのは学問の世界の話ではなく、国家・地域社会の利害や誇りと強く結びつく、リアルで具体的な問題として存在しています。

本書は、国連による「地名の標準化」から始まり、海底の地形名の命名、世界遺産、教育現場における地名、そして日本の地名行政の現状や問題点などが語られる、「地名の標準化」に関する本格的な概説書です。

現在、国連では「地名の標準化」が制度として確立しており、その上で各国に地名標準化機関を作ることを勧告しています。

それを受けて、アメリカ、インドネシア、中国、韓国など諸外国には専門の機関が存在しており、明確な地名政策が実行されています。

一方、日本には地名標準化を包括的・統一的に担う組織やルールは存在していません。

学術会議の下に小委員会こそあるものの、国として専管部署はなく、実質的には地方自治体が地名の命名・改変を自由に行う状況にあります。

これでは各国の地名戦略に対抗することもできません。

また本書は、地名は日本の重要な文化資産であることを示しています。

昭和や平成の大合併においては、長い歴史を持つ貴重な地名が多数失われ、一方で文化・歴史から切り離された新地名が増加しました。

それに関して第8章で語られる「日本の地方自治体での地名議論」は極めて面白かったです。

渋川市の6市町村合併において、新市名「渋川市」がどのような過程を経て決まったかが現場に近いところから語られます。

様々な人のプライドや住民の思いがぶつかり合う様はドラマのようで刺激的であり、本書最大の読みどころでした。

現状、日本の「地名の標準化」は課題だらけですが、一方で本書の編者・著者らのように強い思いを持って地名の未来を真剣に考え、制度の改善に取り組んでいる研究者・実務者が存在しています。

彼らの努力が実を結び、日本の地名が文化として正しく継承される仕組みができる時を楽しみにしています。

本書は論文集の趣があり、決して読みやすい本ではありませんが、ぜひとも多くの人に手に取ってもらい、地名について考えるきっかけになってほしいです。

おすすめの人

・地名に興味のある人
・日本文化、歴史に興味のある人

あと一冊

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ポイント

日本の地名文化を探究した古典。民俗学の創始者・柳田国男による地名研究の書です。

  • この記事を書いた人

yutoya

書肆北極点店主。本を紹介する人。本が好きです。一冊読んだら十冊読みたくなる、本がつながっていく感じも好きです。

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