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『アルファベット順の文化史 図書館の分類法からオリンピックの国別入場まで』

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書誌情報

・タイトル:『アルファベット順の文化史 図書館の分類法からオリンピックの国別入場まで』
・著者:ジュディス・フランダース(著),星慧子(訳)
・出版社:原書房
・発売日:2025/9/26
・ページ数:382頁

目次

序文
第一章 AはANTIQUITY(古代)のA / 始まりから古典世界まで
第二章 BはBENEDICTINES(ベネディクト修道会)のB / 中世初期と修道院
第三章 CはCATEGORIES(カテゴリー)のC / 一二世紀までの権威と組織
第四章 DはDISTINCTIONES(聖書語釈集)のD / 中世盛期と検索ツール
第五章 EはEXPANSION(拡大)のE / 一三世紀と一四世紀における参考図書
第六章 FはFIRSTS(始まり)のF / 一五世紀と一六世紀における印刷技術の誕生から図書目録まで
第七章 GはGOVERNMENT(政府)のG / 一六世紀からフランス革命までの官僚制とオフィス
第八章 HはHISTORY(歴史)のH / 一七世紀と一八世紀における図書館、研究、引用章句
第九章 IはINDEX CARDS(情報カード)のI / 一九世紀における複写担当者から事務用品まで
第十章 YはY2K(二〇〇〇年)のY / 二〇世紀と二一世紀における電話帳からハイパーテキストまで

感想

私たちが折に触れて見かけるアルファベット順。

辞書を引く時や、オリンピックの国別入場行進など、日本人でも目にする機会があります。

ましてや、欧米では日常的に使われている並び方でしょう。

本書は、このアルファベット順という仕組みを手掛かりに、その文化史を多角的に考察する一冊です。

アルファベット順を考えることは、とりもなおさず情報をどのように整理し、いかに検索しやすくし、求める情報にアクセスしてきたかの歴史をたどることに他なりません。

著者が描くのは、アルファベットの並びの起源そのものではなく、「頭文字順で並べる」という思考様式が、いかにして発明され、社会に受け入れられ、制度として定着していったかという歴史です。

アルファベット順という方式は、中世前期に現れていましたが、決して高く評価されていませんでした。

事物はその重要性や意味によって順序づけるべきであり、無機質な頭文字順は妥協ともとられていたのです。

しかし中世の修道院における写本管理、説教の準備のための索引作り、そして百科事典の誕生、これらの事例を通じてアルファベット順は、単なる便利な道具ではなく、「知識にどうアクセスするか」という問題への有力な答えの一つとなっていきました。

体系や序列によって知を構成するのではなく、どこからでも引ける形で並べる。

そこには知識をより広く開こうとする意志がありました。

中世を通じて、アルファベット順は徐々に広がっていき、やがて価値の優劣や判断を持ち込まない、極めて中立的な方法として近世には普遍的なものになっていきます。

その「中立性」自体が近代的な発明であり、知識や情報に対する態度の大きな転換であったことを、本書は丁寧に検証していきます。

同時に本書は、アルファベット順が社会制度と深く結びついていく過程も描き出します。

官僚制における名簿や書類の管理、電話帳、カード式索引、そしてデータベースへ。

情報が増え続ける中で、人間は「順序」をより必要とし、その整理の方法を追い求めていきました。

その中でアルファベット順は最善の方法の一つとして繰り返し選ばれてきました。

アルファベット順の歴史を通覧すると、人間がどのように知を整理してきたか、その試行錯誤と苦悩の歴史がわかります。

他のどの手段も、最初こそは記憶でどうにかなりますが、やがて限界を迎え、そこで様々な道具や仕組みによる分類が必要になります。

そこには常に様々な人々の、「知」にたいする哲学がこめられていました。

そして最終的に、アルファベット順が生き残ります。

それだけ明快で、強力な分類方法なのですね。

個人的に思い出すエピソードがあります。

書店員の間で、売場を作る際に文芸書をどう分類するかということが話題になることがあります。

昔ながらの書店員は文学史にのっとって棚を作ってきましたが、ある時点からそれが不可能なくらい文芸書のジャンルが拡がってしまいました。

それでどうしたかというと、「あいうえお順」に並べることになりました。

なぜならそれが一番お客さんが見つけやすいからという、身も蓋もない理由。

書店員としては負けた気もしますが、見つけやすいならそれが一番ですね。

この経験があったので、本書の登場人物が「知の整理」に悩む姿は他人事には思えませんでした。

いまや情報が氾濫し、検索やAIを使わなくては自分の必要な情報にたどり着くことのできない時代です。

その悩みは規模は違えど、古代から連綿と人が悩んできた問題です。

本書を通じて、多くの人が同じ悩みを抱いてきた歴史を眺めてみてください。知と向き合うための示唆を得ることができるかもしれません。

またアルファベット順というシンプルなの仕組みの背後にこれほど複雑な歴史があること自体とても刺激的です。

知の歴史に関心のある方に、ぜひ読んでもらいたいです。

おすすめの人

・情報や記号論、知識社会の歴史に興味がある人
・図書館の分類や・索引理論などアーカイブ文化の歴史を学びたい人
・アルファベット順という日常習慣の文化史に興味のある人

あと一冊

ポイント

専門的な本には基本的に付いている「索引」の歴史を詳述した刺激的な本です。本書と重なる部分も多く、知の整理の歴史を補完的に学ぶことができます。索引に関するエピソードが満載でかなり面白かったです。

  • この記事を書いた人

yutoya

書肆北極点店主。本を紹介する人。本が好きです。一冊読んだら十冊読みたくなる、本がつながっていく感じも好きです。

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