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『中世武士団 偽りの血脈 名字と系図に秘められた企て』

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書誌情報

・タイトル:『中世武士団 偽りの血脈 名字と系図に秘められた企て』
・著者:桃崎有一郎
・出版社:講談社
・レーベル:講談社選書メチエ
・発売日:2025/6/12
・定価:2300円+税
・ページ数:368頁

目次

プロローグ 改竄された"社会の設計図"
序章 武士の誕生と名乗り
第一章 「佐藤」名字と佐伯氏
第二章 「首藤」名字と守部氏
第三章 「伊藤」「斎藤」「兵藤」名字と伊香・在原・平氏
第四章 「〇藤」名字の源流
第五章 「近藤」名字と院生
第六章 奥州藤原氏の創造
第七章 文筆官僚「斎藤」家の創造
第八章 大規模互助ネットワーク
第九章 後藤・近藤・武藤家が織り成す大友家の礎
第十章 中原親能の招待と大友家の創造
第十一章 中原氏に還流する親能の御家人的性質
エピローグ 最後の謎と次なる"神話”

感想

現代の日本には佐藤さん、近藤さんなど、「〇藤」という形の名字が多数存在します。

従来、これらの名字は官職名と藤原氏に由来すると説明されてきました。

ところが著者はそれ自体が意図的に作られた「操作」の産物であると指摘します。

本書の舞台は古代から中世への移行期という時代の端境期です。

古代氏族がいかにして武士団へと変質していったかを、名字と系図から解き明かしていく本です。

桃崎有一郎氏は、日本中世史を専門とする歴史学者で、特に武家社会や武士団の研究を専門とされています。

以前読んだ「武士の起源を解きあかす」がめちゃくちゃ面白かったので、本書を手にとってみました。

本書によるとこの端境期に、古代の貴種ではない氏族、すなわち古代卑姓氏族が生き残りをかけ、藤原氏などの貴種から嫁を迎え、父系と母系を入れ替えることで自らの出自を高貴なものへと塗り替えてきました。

その象徴が「〇藤」という名字であり、たとえば「佐藤」は佐伯氏と藤原氏の合成であることを示し、著者はこれを「二姓合成名字」と呼んでいます。

つまり「〇藤」は単なる官職名からきているのではなく、古代氏族の姓そのものが埋め込まれているというのです。

古代氏族は養子縁組を駆使することで自らの出自を高め、競争の世界を優位に生き抜いていきました。

さらにそのような氏族が集まって武士団へと変質していったことが、本書では大友氏を例に提示されます。

こういった操作が行われているという視点から名字と系図を読み解くことで、武士団のたどってきた複雑怪奇な縁戚関係が鮮やかに浮かび上がってきます。

おそらく本書で紹介される事例はごく一部であって、他にも様々な手口で自一族の立場を上昇させる策が行われていたのでしょう。

名字だけに注目していては決して見えてこない真相が、姓と系図の分析によって解き明かされていく過程は、ミステリー作品の謎解きのようなスリルに満ちています。

ここまで複雑な系図を精緻に読み解くことができるのは、著者が膨大な史料を深く読み込み、細部まで調査してきたからなのですね。

本書を通じて見えてくるのは、古代氏族が自らの経歴を少しずつ書き換え、やがて中世武士社会へとつながる新たなアイデンティティを築き上げていった過程です。

名字と系図という一見地味な題材を通して、武士社会の生成を鮮やかに描き出す本書には、歴史の面白さが詰まっています。

あと一冊

ポイント

著者が本書以前に書いた書です。本書で見せた鮮やかな謎解きと同じように、武士の起源を解き明かしていきます。武士はいつ、どこで、生まれたのか?とても単純な疑問ですが、実はあまり細かくは解明されていなかったことがわかります。その起源は何なのでしょう?

  • この記事を書いた人

yutoya

書肆北極点店主。本を紹介する人。本が好きです。一冊読んだら十冊読みたくなる、本がつながっていく感じも好きです。

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