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書誌情報
・タイトル:『ネット世論の見えない支配者 フェイクニュース、アルゴリズム、プロパガンダを操るものの正体』
・著者:ルネ・ディレスタ(著),岸川由美(訳)
・出版社:原書房
・発売日:2025/10/28
・ページ数:653頁目次
はじめに 力、影響力、嘘そして真実
パートⅠ
1 製造機とマシン
2 トレンドになれば真実になる
3 グル、親友、プロパガンディスト
4 群衆、伝染、合意、集団の力
パートⅡ
5 「ビッグ・ライ」をプロパガンダする
6 エージェント・オブ・インフルエンス
7 ウイルス、ワクチン、バイラリティ
8 ファンタジー産業複合体
9 進むべき道
訳者あとがき
感想
現在、インターネット上では多くの争いが起きています。
その光景はまるで闘争が人間のDNAに刻み込まれているかのようです。
本書はなぜネット空間がそのような対立の場となるのか、その構造的な背景に焦点を当てた本です。
著者のルネ・ディレスタ氏は、ネット上で起こっている悪意に満ちた現象について分析し、「デジタル時代における噂の拡散、プロパガンダの増加、人々が意見を交わす場の再形成を研究(著者略歴より)」してきた人物です。
本書ではその研究結果から生まれる知見のみならず、著者自身が実際に悪意をもって攻撃された話も詳細に語られます。
冒頭では、著者がカリフォルニア州で経験した、ワクチンに対する懐疑との戦い、浴びせかけられた攻撃から始まります。
その中で著者は反ワクチン活動そのもの以上に、「それがいかにして闘われたかという」その仕組みに興味を持ちました。
いわゆる「炎上」の構造ということになりますが、アメリカでの実態は日本の比ではない規模だと感じました。
インフルエンサー、アルゴリズム、群衆の三位一体は相互に影響を与えながら肥大していき、攻撃される人の心や生活、人生、人間関係すら破壊します。
こうした攻撃性は、単なる意見の衝突ではありません。
そこには明確な構造があり、人々が怒りや不安に反応するよう最適化された仕組みが背景に存在すると著者は指摘します。
本書が優れているのは、SNS上の問題を単純に「個人のマナーの問題」と矮小化しない点です。
ディレスタ氏は、多くの攻撃がインフルエンサーによって可視性を高められ、アルゴリズムによって拡散され、群衆によって運動へと変質していく過程を分析します。
そのダイナミックな変化の描写は、まるで社会実験を観察しているかのようで、読むほどに背筋が冷たくなる瞬間もあります。
さらに著者の筆は、プラットフォームの問題点、国家によるプロパガンダ、議会襲撃事件、パンデミックへと話を広げていきます。
それぞれに共通しているのは、「ネット空間の混乱は偶然ではなく、構造的に作り出される」という著者の一貫した視点です。
特に興味深く読んだのは国家によるプロパガンダの章で、外国政府がどのようにSNSや生成AIを利用して国内世論に干渉するかが具体的に示されます、これは日本にも重要な警鐘だと思いました。
またビッグテックが抱える構造的な限界も、本書の重要な論点です。
クリックや登録者数が収益に直結する以上、センセーショナルな投稿ほど優遇され、まともな議論は埋もれていく。
こういった特性が社会にどのような副作用を生んでいるかを本書は解き明かします。
さらに、議会襲撃事件やピザゲート、パンデミックを巡る混乱は、ネット上の情報生態系が現実の行動へ直結する危険性を示す事例として取り上げられ、デマがどのように政治的な怒りと結びつき、最終的に暴力へと変換されるのかが丁寧に分析されます。
ここからはネット社会の一種の脆弱さと危うさが際立って見えてきて、 もはやネットで起きている問題はネットだけのものではないという現実を突きつけます。
しかし本書は単なる危機の暴露には終わりません。
著者は研究者としての冷静な姿勢を保ちながら、どのようにすれば健全なオンライン環境を再構築できるのかという希望の糸口も模索します。
情報の透明性、ビッグテックの説明責任、ユーザー教育の必要性など、すぐに解決できる問題ではないものの、読者に考えるきっかけを与える提案がされています。
読み終えたとき、ネット世論の背後に潜む見えない支配者の存在が、静かに、しかし確かな実感をもって迫ってきます。
現代の情報環境を理解しがたい、理解したい人におすすめです。
おすすめの人
・最近の炎上騒動などを見て理解に苦しむ人
・現代アメリカ社会を理解したい人
・ネット社会に興味のある人