※本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています。
書誌情報
・タイトル:『神聖ローマ帝国全皇帝伝』
・著者:菊池良生
・出版社:河出書房新社
・レーベル:河出新書
・発売日:2025/5/27
・ページ数:368頁目次
はじめに
Ⅰ ドイツ皇帝時代の歴史
第一章 オットー朝
第二章 ザリエル朝
第三章 シュタウフェン朝
Ⅱ 大空位時代
Ⅲ 諸王家交代時代
Ⅳ ハプスブルク家による皇帝位ほぼ独占と帝国の終焉
おわりに
感想
中世・近世のヨーロッパ史に燦然と輝く神聖ローマ帝国。
その全ての皇帝を列伝形式でまとめたのが本書です。
本書では、962年の初代オットー一世の即位から、ラストエンペラーとなるフランツ二世の1806年の退位まで844年間の皇帝たちの歴史が語られます。
その数は54人。
これには対立王や皇帝に戴冠していない人物なども含まれています。
「神聖ローマ帝国」「ドイツ誕生」などの著作のある著者だからこそ書けた一冊といえるでしょう。
とはいえ簡単なことではありません。
そもそも神聖ローマ帝国という国号からして13世紀になってやっと現れる言葉であり、それまでは単純に「ローマ帝国」などと呼称されていました。
またローマ皇帝になるには教皇から戴冠を受けねばならず、「ドイツ王」止まりの人も少なくなかったりします。
この不思議な制度がどう成立し、どのように機能していたのかは、本書を読めば理解できます。
最初となる第一部ではドイツ皇帝時代の歴史が語られます。
その中には、「カノッサの屈辱」で知られるハインリヒ四世や、「赤髭帝」フリードリヒ一世、「玉座に座った最初の近代人」フリードリヒ二世がいます。
著者は、この時代は中世ヨーロッパが「ドイツ皇帝」を軸に回っていた時代なのだと指摘します。
続けて第二部は、「大空位時代」。
この時代には対立王が乱立し、ついに国内の候補者が足りなくなった挙句、諸外国から候補者が立てられるような混迷の時代です。
その混乱をとりあえず収束させたのがルドルフ一世、ハプスブルク家最初のドイツ王です。
彼の即位で「大空位時代」から「諸王家交代時代」に移り、本書も第三部へと進みます。
この時代には、王位がハプスブルク家、ルクセンブルク家、ヴィッテルスバッハ家など複数の家を渡り歩きます。
新たな世襲王朝の出現を嫌う有力諸侯、教皇、諸外国の思惑が交差し、その駆け引きは読み応えがあります。
そしてその混乱が極みに達した時に再登板するのが、おなじみのハプスブルク家です。
ここからドイツ王、神聖ローマ帝国皇帝はハプスブルク家によって引き継がれていきます。
ヨーロッパ政治の台風の目に居座り続ける彼らの活躍は、第四部で描かれます。
そして最後の皇帝フランツ二世によって帝国の消滅が宣言され、約千年に渡る神聖ローマ帝国は終焉を迎えます。
本書を読んで感じたのは、神聖ローマ帝国の特異性です。
ヴォルテールをして「神聖でもなく、ローマ的でもなく、そもそも帝国ですらない」と言わしめた帝国は、常に内戦をして、各領邦は強い独立性を持ち、皇帝はイタリアにばかり執心し、いつもどこかで戦争をしている。
それでも中世から19世紀まで持ちこたえたのですから、すごいと言わざるを得ないです。
そんな帝国の皇帝たちは、国を率いていたのではなく、「むしろ皇帝たちはドイツだけではなくヨーロッパ全体を包み込む経済的・社会的システムの変遷に翻弄され続けてきた(はじめにp13より)」と著者は指摘します。
帝国という巨大な舞台の中心にいながら、皇帝自身がその流れを完全にコントロールできたことなど一瞬たりともなかったのです。
本書の良いところは、その皇帝一人ひとりをただ歴史の断片として並べるのではなく、「どういう力学のよってこの人物が皇帝になり、そして何に翻弄されたのか」という背景を丁寧に描き出している点です。
名君・凡君に関わらず、彼らが直面した国際政治、教皇との対立、諸侯の利害、経済の変化がコンパクトにまとまっており、読み進めるほどに神聖ローマ帝国が人物の連続で理解できる帝国であったことがわかります。
読み終えた時、54人の皇帝のというより、一つの壮大な千年の歴史を旅したような感覚が残りました。
皇帝たちの栄光と苦悩を通して、この不思議で複雑な帝国がなぜ長く続いたのかが、ゆっくりと見えてきました。
おすすめの人
・中世ヨーロッパ史、ドイツ史に興味のある方