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『1494年 中世スペイン王家の内紛はいかにして世界を二分させたのか』

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書誌情報

・タイトル:『1494年 中世スペイン王家の内紛はいかにして世界を二分させたのか』
・著者:スティーブン・R・バウン(著),小林政子(訳)
・出版社:国書刊行会
・発売日:2025/7/24
・ページ数:336頁

目次

序文 興味深い時代
【第一部】ヨーロッパ
第1章 王女と王子
第2章 王の王
第3章 大きな壁
第4章 西へ進んで東へ
【第二部】アメリカ
第5章 海洋提督
第6章 世界を二分割した男
第7章 地球の裏側
第8章 海洋支配
第9章 異端者
第10章 海洋の自由
結び 亡霊は消える
資料・文献について
年表
謝辞
訳者あとがき

感想

時になんてことのない一つの事柄が、数百年に渡って世界に影響を与え続けることがあります。

そんな事柄に気づくことが歴史の面白さの一つといえるでしょう。

本書では、そのささいな事柄はトルデシリャス条約ということになります。

それはどんなもので、世界にどんな影響を与えたのでしょうか。

トルデシリャス条約そのものは、1494年、スペインとポルトガルが新発見地の分割を定めた国際条約です。

大航海時代、両国の海外進出をめぐる対立を避けるため、カーボヴェルデ諸島西方370レグアに子午線を引き、西側をスペイン、東側をポルトガルの勢力圏としました。

これによりブラジルがポルトガル領となり、後の植民地支配の枠組みが形成されました。

後にサラゴサ条約で東方の境界も定められます。

しかしこの条約のそもそもの始まりは教皇にアレクサンデル6世によって出された3つの教皇勅令で、トルデシリャス条約の権威の源泉も教皇にありました。

著者は、この教皇勅令の背後にある政治的思惑や王家の権力闘争に目を向けます。

彼の筆致は単なる外交史ではなく、「人間の野心と恐れ」に焦点を当てた物語的歴史です。

フェルナンド王とイサベル女王のカトリック両王、そしてポルトガル王ジョアン2世の駆け引きが、いかにして一枚の地図上の線を生み出し、それが長きにわたって世界を分割したのかを描き出します。

勅書もまた、宗教的権威と政治的利害の交錯の産物であり、「神の名のもとに世界を分けた」ことの意味を鋭く問います。

本書が優れているのは、トルデシリャス条約を単なる条約ではなく、近代世界秩序の起点として描く点です。

航海技術の進歩や商業の拡大を背景に、スペインとポルトガルが「地球を分ける」という発想に至る過程は、様々な思惑が交錯します。

著者は、後に「海洋の自由」を唱えたグロティウスまで視野に入れ、この条約が国際法と植民地主義の原型になったことを示します。

そしてもう一つの読みどころは、歴史の偶然性です。

カスティーリャ王家の内紛や教皇の判断という一見ささいな出来事が、ブラジルの言語から現代の国際政治まで影響を及ぼしている。

著者はその連鎖を生き生きと描き、歴史とは人間の選択の積み重ねであることを実感させます。

「1494年」というタイトルが示すのは、一つの年号ではなく、世界が"分けられた瞬間"です。

本書を読むことは、その線の意味を問い直すことであり、現代に続くグローバルな不均衡の原点を見つめることでもあります。

おすすめの人

・近世、大航海時代、スペイン、中南米の歴史に興味のある人
・国際関係史に興味のある人
・国際法の歴史に興味のある人

あと一冊

ポイント

イスラム勢力のイベリア侵略から、カスティーリャとアラゴンの合同に至るまでのレコンキスタの歴史を詳細に語る書です。レコンキスタというと最後のカトリック両王によるグラナダ陥落ばかりが目立ちますが、そこに至るまで800年の間戦争と平和の間を行ったり来たりしていのですね。このキリスト教徒もユダヤ教徒もイスラム教徒も入り混じる歴史は、確実に1494年に繋がっていきます。

  • この記事を書いた人

yutoya

書肆北極点店主。本を紹介する人。本が好きです。一冊読んだら十冊読みたくなる、本がつながっていく感じも好きです。

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